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宇都宮家庭裁判所 昭和63年(少)738号 決定 1988年6月03日

少年 B・K子(昭47.3.24生)

主文

少年を中等少年院に送致する。

理由

(非行事実)

少年は、父T(43歳)、母S子(40歳)の長女であって、栃木県真岡市○町××番地県営住宅×号棟××号室において、両親らとともに暮らしているものであるが、Tの自己に対する養育が厳しすぎるなどと思い込み、同人に対して次第に憎悪の念を高じさせたあげく、同人を殺害しようと決意し、折から同人に内緒でサラリーマン金融からの借金を重ねその返済に苦慮していたことなどから少年に同調し、Tを殺害するも止むなしと考えるに至ったS子と共謀のうえ、昭和63年4月22日午前4時50分ころ、同室において、就寝中のTに対し、S子において除草剤であるパラコート剤原液約9ミリリットルをTの口の中に流し込んだが、同人がこれに気付いて直ちに病院に赴き、加療を受けたため、生命の危険を伴う薬物中毒の傷害を負わせたに止まり、殺害の目的を遂げなかったものである。

(法令の適用)

刑法199条、203条、60条

(処遇の理由)

少年は、幼い頃から、父が、母や同居している母方の祖母に対して時々暴力を振るったり、生活が金銭面で苦しい状況のもとで、その責任を母にだけ負わせ、自分は、小遣いや交際費を要求するという身勝手な行動を取っていると考えて、父に対する憎悪の念を抱いていたが、中学入学後は、少年自身も父から折檻されるようになり、また、自分が他の兄弟と差別されているという感情を持つようになったため、父に対する悪感情を募らせ、中学卒業後の昭和62年12月には、家賃10か月分を滞納してしまった母が、少年の貯金を勝手に下ろして、その穴埋めに当ててしまったことについて、それは、父が勝手に下ろして使ってしまったものと考えたこと、更には、同年6月に病死した祖母について、父の暴力によって死亡したものと考えたため、父の死を望むようになり、昭和63年3月中旬ころには、母に対して、父を殺したいという話を2、3回打ち明けて、母からたしなめられ、同年4月5日には、父の使用するスプーンに除草剤を塗り、紙で拭いたものを持っているところを母に見つかり、取り上げられ、その後、少年の住み込み就職の希望をきいた父が、少年に対し折檻したことから、父に対する殺意を固め、母に対し、除草剤を飲ませれば父を殺せると話を持ち掛けるに至ったため、母は、少年を思い止まらせようとして、一度は自宅にあった除草剤を近所に預けたりしたものの、同月18日には、父に内緒で借りていたサラリーマン金融からの借金等により、24日に迫った親戚の結婚式の祝儀代にも事欠くようになってしまったことから、父を殺害して、その保険金を借金返済に当てようと考えるに至り、少年とともに父殺害の相談を始め、その結果、少年は、同月21日、母とともに、本件非行を犯すに至ったものである。

少年には、本件非行以前において、非行や特に問題とされるような逸脱行動は見受けられず、本件非行についても、少年が父に対して殺意を抱くようになったのは、父の家族に対する態度や長期間にわたって母から与え続けられた、父に対するマイナスのイメージによるところが大であって、少年が殺害を決意、実行するに当たっては、本来ならば少年をたしなめ、思い止まらせるとともに、少年が何故その様に決意したのかという原因を探り、少年と父との間に存在する問題につき、両者の間に立って解決すべき立場にある母が、自らが父に内緒で借りていたサラリーマン金融からの借金等が父に判明することを恐れ、父が死ねばその保険金で借金等の返済が出来るという安易な考えから、一人だけでは実行しきれないでいた少年に本件非行を犯させてしまったことなど、少年にとって同情すべき面が多々あることは否めないが、他方、少年は、父に対する悪感情、憎悪から、短絡的に父の死を望み、父を殺害しようと決意し、相当以前から具体的に計画し、実行に当たっては、右計画に基づき冷静に母に対して指示するなど、その非行の態様は重く、人命の尊さに対する意識も不十分であるといわざるを得ず、また、病床で生命の危険と直面しながらも少年に対する思いやりと愛情を示している父に対しても、それを素直に受け止めることが出来ないでおり、少年が中学卒業後就職しても短期間で退職してしまうということを繰り返したことの原因が、少年の対人関係にあったこと、少年に対する鑑別結果においても、少年は、対人関係をうまくやっていくことが困難であり、一度こじれた人間関係を、自らは修復する意思を持たないことが指摘されていることに照らせば、今後、社会生活を営んでゆくうえで、対人関係上の問題により、短絡的な行動に走ってしまう恐れは高いものといわざるを得ない。

このような少年にとっては、まず、人命の尊さを十分認識させるとともに、規範意識を養い、父との関係から始めて、社会生活における対人関係を改善することを学ばせ、そういったなかで、正しい問題解決の方法を身に付けさせることが必要であるというべきであるが、少年の家庭は、父は本件非行の被害者として入院中で、未だ退院の目処が立たない状態であり、母は本件非行の共犯者として勾留中であって、少年に対する十分な保護は期待することが出来ず、少年の兄弟が施設に預けられていることからしても、少年の親戚にも保護を期待することは出来ないものといわざるを得ないのであって、前記のような少年の状態を併せ考えれば、少年については、在宅処遇によってその改善を図ることは極めて困難であるといわざるを得ず、この際、中等少年院に収容して、集団生活の中で、前記の各問題点につき、専門的な矯正教育を施すことが必要であるというべきである。

少年には、祖母や母に対してそうであったように、他人に対して思いやり、その苦しみを感じることが出来るという優しい一面も有り、また、中学3年時に英語検定試験4級に合格するなど、目標に向かって努力をし、なし遂げることができるだけの能力を持っているのであるから、この機会にその良い面を伸ばし、前記の各問題点を改善するとともに、いま一度、今まで父に対して持っていた歪んだイメージを見つめ直すとともに、改めて父との関係について考えてみることが望まれる。また、少年に対する矯正教育を実効有らしめるためには、父においても、今までの少年や家族に対する関わりについて自らを省み、少年の気持ちを理解するよう努めていくことが必要であるし、母においても、少年に対し父の悪いイメージだけをうえつけ、自らの借金返済のために少年の父に対する憎悪を利用したことについて反省をし、安易に借金をしてしまうという経済観念を改め、父と少年との間に立って両者の意思の疎通が十分できるように努めていくことが必要である。

よって、少年法24条1項3号、少年審判規則37条1項、少年院法2条3項を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 團藤丈士)

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